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鍼灸と体外受精
・この記事を書いた先生のご紹介
PROFILE
鍼灸師 松浦知史
東京有明医療大学主席卒。福島県立医科大学会津医療センター研修。埼玉医科大学東洋医学科、同大学かわごえクリニックを経て、大慈松浦鍼灸院、神保町十河医院附属鍼灸院副院長。医学博士取得を目指し、埼玉医科大学に最年少(当時22歳)で入職。その後、結婚。しかし、なかなか子どもを授かれず、自身も不妊治療を経験(私は精索静脈瘤に対して手術など)。体外受精なども施行したが、稽留流産も経験。これらの辛い経験から不妊治療でお悩みになっている方々の少しでも役に立ちたいと思い埼玉医科大学を退職し(不妊症は取り扱っていなかったため)、現職に至る。不妊症でお悩みになっている方に鍼灸という治療法が選択されるために人生をかけて挑戦中。
出産や不妊治療をとりまく状況の変化
厚労省は不妊治療への公的医療保険の適用を拡大に着手し、人工授精等の「一般不妊治療」、体外受精・顕微授精等の「生殖補助医療」について、2022年4月から保険適用されることとなりました。このように、出産や不妊治療をとりまく状況が変化する中、近年、鍼灸治療に来院する患者さんの特徴は、30代後半~40代前半で、生殖補助医療(ART)を繰り返していて、不妊治療によるストレスを強く感じている患者さんが多いように思います。さらに、胚移植の前後や卵子の状態を良くしたいと来院する患者さんもいます。
海外における不妊治療と鍼灸の併用状況
アメリカではIVFクリニックの多くが鍼灸を提供しています。もしくは推奨していると言われており、アメリカを代表するHarvard University Boston IVFにおいても鍼灸治療を積極的に取り入れています。同施設の研究では、30~50%のカップルが鍼灸と生殖補助医療(ART)を併用し、鍼灸を併用した群の妊娠率は54.3%で、鍼灸を併用しなかった群の妊娠率は33.4%でした。この結果より、日本においても生殖補助医療(ART)と鍼灸の併用の意義や鍼灸治療の役割は益々高まっていくものと感じています。
神保町院における鍼灸と体外受精の併用実績
鍼灸を併用した際の胚移植あたりの妊娠率
神保町院に受診した患者さんが行った体外受精(胚移植)をまとめました。
2019~2022年の間で当院に定期通院された患者さんのデータとなります。
※現在通院中の患者さんと43歳以上の方のデータは除外してあります。
※妊娠とは医学会の規定に準じて胎嚢確認を妊娠とし、妊娠反応が出た状態は含んでません。
胚移植1周期あたりの妊娠率
定期的な鍼灸治療を併用することで、医療機関で行われる胚移植単独の医療処置よりも高い妊娠率が確認されています。なお、全国平均のデータは2020年日本産婦人科学会の報告(入手できる最新のデータとなります)に基づきます。
※妊娠とは医学会の規定に準じて胎嚢確認を妊娠とし、妊娠反応が出た状態は含んでません。
子宮内膜や卵巣の適度な血流は着床や卵子の発育に欠かせず、妊孕性の向上にも影響すると言われています。鍼灸治療を行うことで、子宮血流動態の改善や子宮への血流増加により子宮内膜をしっかりとした厚みまで成長させます。さらに着床の時期の子宮の緊張状態を緩和させることで、着床率の向上が期待できます。
◇Evidence◇
近年の研究で、鍼灸治療が有効であることが科学的にも証明されるようになってきました。
ここでは不妊症に対する鍼灸治療の基礎・臨床研究などできるだけわかりやすく紹介したいと思います。
「不妊治療と鍼灸」についてのブログも書いています。
鍼灸治療が子宮内環境に与える影響
子宮動脈の血管抵抗値(Resistance index:RI)は、胎児・胎盤循環と関連すると言われており、子宮放射状動脈の血管抵抗値(RI)は、子宮内膜の状態を反映していると言われています。
胚移植を2回以上行っても妊娠に至らなかった不妊症患者さん9名(平均年齢:32.8歳)に対して、週1回の頻度で7~15回(平均9.4回)ほど鍼灸治療を行った研究です(木津ら, 日本生殖医学会雑誌51(4). 2006)。子宮動脈RI値は9症例中8症例が平均0.87 ➝ 0.80 まで有意に低下し、子宮放射状動脈RI値も平均0.81 ➝ 0.77まで低下する傾向を示しました。つまり、鍼灸治療を行うによって子宮の血流動態は良好に働き、子宮内環境を整えることがわかりました。
胚移植前後の鍼灸治療が妊娠率に与える影響
2018年5月~2020年4月に実施された凍結胚移植654移植周期を分析した研究です(Lauren Grimm, M.A. et al. ASRM. September 2020)。この研究では、凍結胚移植の前後に30分間の鍼灸治療を受けた群(鍼灸治療群)と鍼灸治療を受けなった群(非鍼灸治療群)とで臨床妊娠率の比較を行いました。なお、臨床妊娠とは胎嚢確認を妊娠とし、妊娠反応が出た状態は含んでません。結果は、BMIや年齢は両群とも有意差は認めませんでした。鍼灸治療群の妊娠率は60.6%、非鍼灸治療群の妊娠率は46.95%で鍼灸治療群の臨床妊娠率が有意に上昇しました(p=0.017)。その他、着床遺伝学的検査を行った胚移植では、鍼灸治療群の妊娠率は73.93%、非鍼灸治療群の妊娠率は63.29%でした(p=0.042)。つまり、凍結胚移植の前後に30分間の鍼灸治療を受けると臨床妊娠率が向上することがわかりました。
鍼灸治療が採卵結果に与える影響
同じ卵巣刺激条件下で陰部神経鍼通電療法(90mmの長めの鍼を用いて陰部神経という神経を指標に刺鍼を行い、そこに通電刺激を加える刺激方法のこと)を行った研究です(木津ら, 第63回全日本鍼灸学会学術大会)。
陰部神経鍼通電療法を3周期以上行った45.3%の症例に採卵個数の増加が認められました。しかし、1ヶ月の治療期間では有意な変化は認められませんでした。つまり、鍼灸治療は少なくとも3ヶ月程度の治療期間が必要であることもわかりました。
鍼灸治療が心身のストレスに及ぼす影響
IVF-ETを受けている女性43名を鍼灸治療を受けた群(n=22)、鍼灸治療を受けなかったコントロール群(n=21)とで比較した研究です(Daniela Isoyama, et al. Acupuncture in Medicine, 2012)。この研究では、鍼灸治療を併用した群は週に1回の頻度で4週間ほど治療を行い、評価はハミルトン不安尺度(HAS)によって行われました。その結果、鍼灸治療を受けた群のHASは有意に低下していました。つまり、鍼灸治療はIVF-ETに伴う不安を軽減させるのに有効であることがわかりました。
鍼通電刺激が卵巣血流に及ぼす影響
ラットに鍼通電を行い卵巣血流(OBF)を測定した基礎研究です(Elisabet Stener-Victorin, et al. Reprod Biol Endocrinol. 2004)。この研究では、高頻度(8Hz)に比べて、低頻度(2Hz)の刺激によって血流が増加していることを報告しました。また、多嚢胞性卵巣(PCO)のラットの場合、1.5mA、3.0mA、6.0mAの刺激強度で比較すると、6.0mAでのみ有意な血流増加を認めました。さらに卵巣交感神経の関与を調べる目的で、上卵巣神経(SON)と神経叢卵巣神経(OPN)を切断したラットを用いた場合、卵巣血流(OBF)の変化は認められませんでした。つまり、鍼通電による卵巣血流(OBF)の増加は卵巣交感神経を介した反応であり、その効果は低頻度(2Hz)の刺激によって血流が増加され、多嚢胞性卵巣(PCO)の場合は、6.0mAと通電の刺激強度を上げた方が効果が得られやすいことがわかりました。
鍼通電刺激が子宮内膜に及ぼす影響
ラットの子宮内膜の血管新生に対して鍼通電刺激が有意に影響を及ぼしているとする基礎研究が報告されました(Wei Chen, Jie Chen, Biology of Reproduction, January 2019)。この研究では、卵巣過剰刺激(COH)※1のラットモデルに鍼通電刺激が着床にどのように影響を与えているのかを調べました。メスのラットを、正常群(N)、モデル群(M)、鍼灸群(EA)、鍼灸前処置群(PEA)の4群に無作為に割り付けました。鍼通電刺激の方法は三陰交と足三里に0.18mmの鍼を用いて2/15Hzで、筋痙攣の閾値で強度は決定されました。EA群のラットは、卵巣刺激から妊娠3日目まで鍼通電刺激を続け、PEA群のラットは、卵巣刺激の3日前から妊娠3日目まで鍼通電刺激を継続しました。さらにPEA群のラットと同じ鍼通電刺激を受けた別の30匹のメスラットには、阻害因子のsiVEGFR2を子宮内腔に注射しました。子宮内膜微小血管密度(MVD)および血管内皮増殖因子A、アンジオポエチン-1、線維芽細胞増殖因子-2の発現量は、M群がN群・PEA群に比べて有意に低かったです。siVEGFR2注入後、血管内皮増殖因子受容体(VEGFR2)などのタンパク質発現レベル、胚数、MVDが有意に減少しました。つまり、この論文の結論として鍼通電刺激は子宮内膜の血管新生と正の関係にあるVEGFR2などの血管新生タンパクおよびVEGFR2などのシグナル伝達経路を活性化することにより、COHラットの胚の着床を促進することができたとがわかりました。
※1 卵巣過剰刺激(COH)は、子宮内膜の胚と同期した発育を阻害し、その結果、胚の着床がうまくいかないことがあることが知られています。